掲載誌名:産業新潮
日付:2000年2月号

タイトル:ベンチャーリポート10、出版業界の非常識集団、メディア界の革新に挑む


ベンチャーリポート10
出版業界の非常識集団、メディア界の革新に挑む
レゾナンス

二十一世紀を目前に控え、さまざまな業界が規制緩和の後押しを受け、新しい展開を模索し始めている。しかしそんな中にあって、相変わらずの古い体質に甘んじているのが出版業界だ。販売システムや資金繰りなど、業界の非効率的な常識は何ら変わる気配を見せていない。そんな業界に、正攻法で挑んだ異業種出身者の集団がある。彼らはこの手つかずの業界を、中から変革しようと挑戦している。

出版業界にはざっと一万社の出版社があり、そのうち業務を行っているのは五千〜六千社のみ。さらにその一割程度が、八〇パーセントの出版物を発行していると言われている。つまり、出版業界に存在する九割以上の出版社が零細企業といえるのだ。書籍の売り上げも、業界全体で二兆円弱。会社の数に比べ、市場規模がいかに小さいかが見てとれる。出版業は、ビジネスとしてとらえると、かなり難しいといえるのだ。

しかも、出版社を設立しても、すぐに本が売れるとは限らない。本を書店で販売するための「コード番号」は取得が困難とされ、資金繰りは本が売れるまで先行投資に頼らざるをえない。多くの困難が待ち受けているからだ。そんな出版業界に、一冊の本を出したいと乗り込んできた若者がいる。米国サンフランシスコ生まれの近藤正純ロバート氏だ。

業界初のブックファンド出資者を募集し資金調達

近藤氏の前職は銀行員だ。慶応大学経済学部を卒業し、日本興業銀行入行。在職中に、コーネル大学大学院ビジネススクールでMBAを取得した、まさにエリートコースの金融マンだった。しかし、ほんとうにやりたいことは何か、会社の看板ではなく自分の力を試したいなどと考えていくうちに、一本の道が見えてきた、と近藤氏は語る。

「祖父が一目山人(株の神様と呼ばれた細田悟一氏のペンネーム)なのですが、彼が発案した『一目均衡表』についての本を出したいと思うようになったのです。これには株式分析のことだけでなく、祖父の経済観や人生観、哲学などが盛り込まれています。この現代版を出すのが、ボクの使命だと感じたんです」

近藤氏は、周りの強い反対を受けながらも、一九九七年十一月、あっさりと興銀を退職する。出版企画書を作成し、出版社巡りの生活が始まった。

「見事に、どこにも相手にされませんでした。でも退職に際して自動二輪の免許を取得しましたから、いざとなればバイク便の運転手でもやろうと、そう焦りませんでした」

九八年三月、出版社が見つからなかったため、自ら出版社を設立することに。出版業界を全く知らなかった彼は、本を作るのだから紙が必要になるだろうと紙問屋を訪ねる。そこで初めて、本を販売するためには「取次コード」が必要なことを知る。彼はあたりまえのようにトーハンを訪問し、すんなりとコードを取得してしまう。

しかし取次コードは、出版界の常識では取得困難とされているものだ。本を販売するためには、トーハン、日本出版販売と呼ばれる取次会社を通 し、書店に配本してもらわなければならない。その際必要になるのが取次コードだ。コードを取得するためには、出版社として取次会社と契約しなければならないが、その際には連帯保証人を三人そろえ、かつ販売する書籍の性質、売れる見込みなどが厳しくチェックされる。取次会社は、業界の膨大なデータを持ち、その経験から企画内容などを審査していくので、安易な企画内容ではまず取得できない。多くの弱小出版社は、すでに取得している出版社の取次コードを借用したり、譲渡してもらったり、ある程度の実績を作った上で申請したりと、近藤氏のように正攻法で挑戦するケースは珍しい。

また、出版社は資金繰りとの戦いも強いられる。本を出版する場合、一冊の制作費に数百万円は必要だ。しかし、日本では返本の自由を認めるシステムのため、取次会社の決済は半年後になる。つまり、出版しても半年は資金が入らないため、その間の資金繰りが大きなネックとなる。

資金繰りを銀行融資に頼っている場合は、継続的な融資を得るためには実績が必要となり、売れない本でも、とりあえずは出版しなければならないという悪循環まで生じている。

そこで、レゾナンスが取り入れたのが、投資家から資金を集めて出版資金を捻出する「ブックファンド」だ。書籍の売り上げに応じて投資家に収益を還元するファンド形式で、二年間で四冊の新刊書籍を発行するというプロジェクトに対し出資してもらう。ファンドは商法上の匿名形式で、二年満期で一口五百万円として、四千万円を事業会社や個人投資家から資金を調達する。一冊四万部を刷り実売三万部の場合、利回りは十四.二パーセントになる。業界初のブック・ファンドは話題を集め、一週間で問い合わせが二百件、たった三週間で四千万円を集めてしまった。

「ファンドも金融出身のボクとしては、別に珍しくない手段でした。不動産開発などでは、よく使われることですよ」

満期は二〇〇〇年六月。成果を業界全体が注目している。

出版界は宝の山。手つかず業界にメスを入れる

「レゾナンス」とは「共鳴」という意味だ。自分たちが共鳴した新しく楽しいメッセージを、世界中に発信していくことを目指して名付けられた。これまでに発行した書籍には、既存のジャンルや制約に縛られない、ビジネスとクラブ・カルチャー、伝統文化と現代風俗など、一見異なるものが融合したものが多い。

「ONLY ONE」は、教育業界の異端児、慶応大の島田晴雄氏と、安室奈美恵など数多くのスターを発掘した沖縄アクターズ・スクール校長のマキノ正幸氏が対談したもので、初版だけで二万部を突破。発売に際しては、東京・八重洲の大型書店で、島田・マキノ氏らと共に沖縄アクターズスクールの新人グループ「B・B・WAVES」が参加したイベントを開いて注目を浴びた。ナンバーワンよりオンリーワンを目指すという教育書的な内容で、子どもの教育に苦心する三十代から四十代の父親層に最も売れている。

近藤氏は、自ら出版社を設立し、実際に出版を重ねていく上で新たな事業展開を試みる。パブリッシャーズクラブ(P-Club)事業とセルフ・プロデュース&プロモーション(SPP)事業である。

P-Clubは、中小出版社や編集プロダクションなどに対するビジネスサポートを行っていく。資金調達やマーケティング、広告宣伝などの業務をレゾナンスが代行することで、中小出版社などがコンテンツ制作に専念できる環境を提供しようというものだ。

「付加価値の高いコンテンツをつくる能力のクリエイターはたくさんいるのに、彼らが好きなように仕事ができる場がない。そんな場を提供し、そんな能力のある人にお金が行く仕組みをつくりたいと思っています」

レゾナンスでは、著者だけでなく、カメラマンなどへの報酬にも印税方式を取り入れている。ふつうカメラマンなどは、一点いくらの買い取り方式で報酬を支払う。しかしレゾナンスでは、売れた部数に応じて支払う印税方式を取っているため、「いいものを作ろう」という方向性が一致する。あたりまえのようだが、出版業界ではこうした支払い方法は採用されてこなかったのだ。近藤氏の付加価値を生んだ人には、きちんど報酬を出すという一環した狙いが、こうしたところにも表れている。

SPPでは、従来のマーケティングやプロモーションに「自分で自分をプロデュース」するという視点を持ち込み、広告宣伝のパラダイム・チェンジを提案している。近藤氏が自ら編集し著作した「ファンドマスターズ」は、世界的大手の投資信託会社ゴールドマンサックスのプロモーションとして発行された。

さらに、レゾナンスでは、出版だけでなく、ウェブでの展開も開始。コンテンツの二次利用として、無料のコンテンツサイト、フォーラムを作る。そこではクリエーターがコンテンツを披露し、無料で見た読者がそれに対する感想や意見をチャットする。チャットの内容は、スポンサー企業がマーケティングなどに利用する。付加価値の高いコンテンツなら読者は集まり、そこに露店を開くように企業が集まってくる。近藤氏はこれを祭りにたとえ、資金不足や環境が整っていないクリエイターを支援し、動員数の多いユニークな祭りを数多く仕掛けたいと語る。デジタルコンテンツビジネスをリードする新業態を目指しているのだ。

近藤氏をはじめ、レゾナンスのスタッフはほとんどが異業種出身者である。彼らにとって、業界初と注目されるレゾナンス流は、他の業界からは決して珍しいことではないと指摘する。資金調達、契約関係、事業展開の手法など全てにおいて遅れていると指摘する。

「これまで平穏無事でやってこられた出版業界ですが、インターネットの普及や知的所有権の保護などで、これからは厳しくなってくるでしょう。希少価値のある付加価値の高いコンテンツを提供できるものでなければ、生き残っていけません。依然古い体質の出版業界は、ボクには超手つかずの宝の山に見えますよ」

規制緩和の進まない出版業界、新しいタイプの経営者が出てこない出版業界。期待される出版ビッグバンは、こうした業界内の火種から生まれるのかもしれない。出版界の常識に挑む異業種出身者の集団に、大いに期待したい。