掲載誌名:貿易&産業(グローバルネットワーク)
日付:2000年新春号 Vol.472

タイトル:21世紀に向けて元気なベンチャー企業


時代のキーワードは非常識 出版業界に斬新な経営手法

不振が続く出版業界に、斬新なアイデアで新風を吹き込んでいるのが、元銀行員近藤正純ロバート率いるレゾナンス出版だ。レゾナンスとは「共鳴」を意味する。コンテンツのメッセージ性を重視し、従来にない経営手法を取り入れ確実に成長を遂げている。

祖父の理論を出版するため独立を決意

近藤が日本興業銀行を退職した理由は、「本を出版したい」というものであった。相場分析に使われる「一目均衡表」の発案者である祖父の理論の現代版を出版しようと考え、出版社十数社を回ったが取り合ってもらえなかった。そこで、「それなら自分で出版社を作ろう」と決意し、興銀の同僚高畑龍一と講談社出身のフリー編集者磯尾克行の三人で、九八年三月にレゾナンス出版を設立した。

近藤は、興銀時代に留学したコーネル大学ビジネススクールでの経験が独立を決意する段階で大きく影響したと語る。世界中から集まった多くの人々に接し、彼らの様々な生き方を目の当たりにしたことが近藤を刺激した。「既存の価値観、いわゆる有名な学校を出て、有名な会社に行けば幸せになれるという型にはまった考えに捉われていて、自分が本当に何がしたいのか、どんな人生を送りたいのかを真剣に考えてこなかった。留学の体験は、人生のビジョンを立て直すきっかけになった」と近藤は当時を振り返る。

二一世紀の産業の鍵はコンテンツビジネス

現在のような不況の中でのキーワードは「非常識」と近藤は言う。同社による出版資金を調達する「出版ファンド」は、金融業界においては常識であったが、出版業界においてはまさに「非常識」であり、これが成功への突破口となった。

現在進行中のファンドは一本で、二年満期で四〇〇〇万円の資金を、印刷会社や製本会社などからわずか1カ月で調達した。この資金で二年間に四点の書籍を出版する。対象書籍は「オンリーワン」、「跳び箱神話Part1」、「ファンドマスターズ」、四点目は近日中に決定される。ファンドの趣旨はすでに黒字に転換、投資家は来年六月の満期を楽しみに待つ。このような資金調達が普及していけば、良質なコンテンツを持つ中小出版社にとってはまさに渡りに舟だ。

「セルフ・プロデュース&プロモーション(SPP)」というサービスも展開している。出版企画の段階から、社内外の編集者、デザイナー、写 真家などが徹底的に議論し、書籍の質を高めると共に、宣伝展開についても方針を決めていく。例えば、出版物第一号の「成功術Xで行こう」では、米国公認会計士(CPA)資格取得の学校校長安生浩太郎に執筆を依頼し、彼の「不透明な世の中でも直感で者画とを進めていく生き様」を読者に伝えようという意図で安生自身をプロデュースする本を出版した。その際、新聞や雑誌に掲載される同校の生徒募集広告で、この書籍を併せて宣伝しようと提案した。結果 として、一万数千部を売り上げ、また安生自身そしてCPAの知名度も格段に上がった。

また同社では、日本での外資系企業のプロデュース戦略にも積極的に取り組んでいる。先日もゴールドマンサックスのプロデュースをサポートした。ゴールドマンを特集した書籍「ファンド・マスターズ」では、本を出版する際に、ゴールドマンがスポンサーになっているテレビ番組に近藤が出演し、本をプレゼントするコーナーを設けた。逆に、本の帯には、その番組の宣伝文句を刷り込んだ。そして雑誌、新聞でも広告を掲載すると同時に書店ではワゴンセールを行った。このような「クロスメディア戦略」によるプロデュース効果 は計りしれない。

近藤はまた全く新しいコンテンツビジネスの創造を目指している。そのためには、優秀なクリエーターたちに働きやすい環境を作り、作ったコンテンツを二次、三次利用できるような仕組みを考える必要があった。出版業界を見渡してみると、多種多様な中小出版社が多数存在し、その多くは制作に強烈なこだわりを持ち良質なものを作るのだが、営業、販売、物流、出版管理、経理、ファイナンスなどの業務は苦手で、言わばマネージメントの不在という問題を抱えている。このことに近藤は気づいたのだ。そこで、これらの業務を代行し、クリエーターたちに編集作業に専念できる環境作りを提供できないかと、「パブリッシャーズ・クラブ」を設立した。

インターネットを使った新しい収益も狙っている。一二月二四日に、インターネット上に「パブリッシャーズ・クラブ」の約三〇誌からなる日本最大のインディーズマガジンサイト「jammin'」をオープンした。「jammin'」とはジャズのセッションから派生した言葉だ。米国では最近経営用語として用いられ、「柔軟なパートナーシップ」によりお互いの相乗効果 を狙う経営手法を意味する言葉だ。コンテンツを無料公開してそこに広告スポンサーを集め、フォーラムを開く。また将来的には物販も展開していく方針だ。このようにコンテンツを様々な形で利用し、そこから生まれる収益をクリエーターと分かち合いながらより良質なコンテンツを生み出していく。

「二一世紀の産業の鍵はコンテンツだ。生き残るためには、良質なものを作る仕組みと、そこから収益を生む仕組みを持っていることが重要で、そういった意味では出版業というのはコンテンツの宝の山だ。成功する可能性は無限だ」と近藤は熱く語る。

グローバルな展開も試みている。東京の若者の音楽、ファッションなどをカバーする「TOKION」を北米で販売している。今後は欧州とアジアでの展開も目論む。また近藤は日本発のコンテンツというものを重視しており、日本文化の海外への発信も予定している。来春にも、お茶の家元やハクビの着物などに焦点を当てた写 真中心の本を出版し、国内外で販売展開する予定だ。

絶対的に不足するプロフェッショナル

「現在の日本では、ヒト・モノ・カネという観点からいうと優秀な人材が絶対的に足りない。特に、ベンチャー企業は弁護士、税理士、弁理士、司法書士、公認会計士といったプロフェッショナルを雇うのが難しい。アメリカのように、プロフェッショナルがチームを組んでベンチャーを育て、株式を公開するというような形ができあがっていけば理想だ」と近藤は語る。ベンチャー企業を育てるためにはエンジェル税制の導入など、投資家がベンチャー企業を支援し易くなるような税制改革が必要と訴える。ベンチャーを何でもかんでも支援するのではなく、「行政が取り組むべきことは、グローバルな視野で考えたとき、投資家の目に日本が魅力的なフィールドに映るように環境を整備することではないか」と問題提起する。

近藤は現在二七人の従業員を来年は七〇人ぐらいに増員することを考えている。二〇〇一年上期の株式公開を目指すための一手としてだ。公開準備のスタッフ、そして現在約四〇社の「パブリッシャーズクラブ」の会員を二〇〇〜二五〇社にいくための新規顧客の開拓およびメンテナンスを担当する人材獲得が中心だ。売り上げも、「jammin'」の成長を見込み、現在の二億円から来期は二四〜二五億円を予想する。同社の成長と共に、世の中に投げかけられるメッセージの「レゾナンス」も大きくなることだろう。