掲載誌名:Business Data
日付:1998年12月
タイトル:元興銀マンが仕掛ける出版業界のブレイクスルー

ニュービジネスの肖像9
有限会社レゾナンス出版代表取締役
近藤正純ロバート
KONDO MASAZUMI ROBERT
元興銀マンが仕掛ける出版業界のブレイクスルー

エリート銀行マンから大不況の出版業界への転身。
出版のイロハさえ知らなかった近藤正純ロバート氏はいま、 若さと、業界の"常識"にとらわれない斬新なアイデアで、 出版界に新風を吹き込もうとしている。


国有化によって長銀は事実上、倒産した。「就職できれば人生は安泰」と思われていた"銀行の中の銀行"へのレフェリーストップで、金融不安はついに来るべきところまで来たという印象だ。いま、そんな銀行業界から20代、30代の若い人材が流出しているという。

そして、ここにも1人、自らが予想していなかったようなかたちで、出版業界に徒手空挙で殴り込んだ元エリート銀行マンがいる。

彼の名は近藤正純ロバート、33歳。米国サンフランシスコ生まれで慶應義塾大学卒業後、これまた"銀行の中の銀行"の筆頭格である日本興業銀行に入行。しかも米国コーネル大学に留学してMBAまで取得している。そんな近藤氏が昨年、エリート銀行マンの地位 をすて、出版業界に身を投じたのである。

中高年世代ならずとも「なんてもったいない」とつぶやくだろう。でも、ボブ・ディランが30年前に歌った『時代は変わる』を聞いていた世代のみなさん、やはり今でも"時代は変わる"のだ。一流企業に勤めるよりも、自分のすることのほうに価値を見出す若者が確実に多くなってきた。

不況だからこそ、いまの出版業界にはチャンスがあると思いますよ

オフィスは芝浦の高層マンションの10階にある。本社は虎ノ門にあるが、手狭なため、作業は近藤氏の住まいを兼ねるマンションの一室で行っている。レインボーブリッジも一望できる、芝浦の眺めが気持ちいい。Macintoshが何台も置かれ、若いスタッフがうろうろする。乱雑だが活気がある。通 されたのは急ごしらえの応接スペース。いかにも、これから新しい分野に討って出ようとする雰囲気が漂う。

「祖父が株の世界では有名な"一目山人"のペンネームで『一目均衡表』という本を書いていまして。株価や為替のチャート分析法を開発した人だったんですね。この本の半分ぐらいはチャートの付け方など技術論なんですが、残りは人生哲学のようなものでして、その現代版を出したいなと思ったんです」

興銀を退職し、出版業界へ踏み出したきっかけを、近藤氏はこう話す。しかし、当初は出版をビジネスにしようと思っていたわけではない。一足先に興銀を退職しコンサルタントとして独立していた先輩の高畑龍一氏と話しているうち、日本にもまだまだ優れたオピニオンをもった人がいるから、そんな人たちの本を出そうと話が盛り上がり、今年の3月、一緒にレゾナンス出版を設立した。

ところが出版に関する知識も業界の慣習も知らないものだから、最初は大わらわ。しかし一方で、何とか1冊目の『成功術Xで行こう』(安生浩太郎著)の出版にこぎつけた頃には、出版業界の常識といわれる部分に、逆に古いほころびを見つけ始める。

「日本の銀行っていうのは、とにかく貸せば儲かるっていう時代がものすごく長かったんですね。それが現在のような競争が激しい状況になって、今度は独自のノウハウをもった外資がどんどん入ってきてチャンスを広げているんですよ。出版業界にもにたようなところがあって、本が売れなくなったといいますが、新しい手法を取り入れる余地はまだまだあると思います」

出版営業の中心は書店のなかに本の置き場所を確保すること。ここでも近藤氏は書店との人脈を頼りにする従来の方法に異を唱える。

「ただ、いい場所に置いてください、お願いしますって言ってもダメでしょう。もっと空間プロデュース的なアドバイスということを含めて営業していかないと」

そんな近藤氏が提案した、出版界の常識を打ち破る最大のブレイクスルーが「出版ファンド」である。本の制作に出資者を募るという方法は、金融界の常識を出版界に持ち込んだ画期的な方法といえるだろう。この「出版ファンド」による一作目が、安室奈美恵やSPEEDを輩出した沖縄アクターズスクールのマキノ正幸校長と慶大の島田晴雄教授との共著『オンリーワン』だ。同書は7月に出版されたが、東京・八重洲ブックセンターで派手な出版イベントを催して話題をさらった。

「出版ファンド」への出資者は、出版業界の関連業者に限定したという。 「こちらとしても、印刷や製本のコストが同じだったら、やっぱりファンドに出資してくださったところに仕事をお願いします。つまり、彼らにしてみれば、出版ファンドへ出資することでまず本業が発生し、さらにリターンが期待できるんですよ」

本の出版では"大化け"があり得る。それも含んだ先行投資というわけだ。出版社側にしてみれば、調達した資金によって派手なプロモーションやタイミングの良い増刷が可能になる。「出版」も「ファンド」も、それぞれ耳慣れた言葉だが、合体させると新しい手法に変身するのである。

レゾナンス出版はまだ2冊の本を出しただけの、若い出版者である。しかし、そこには若い人材が集まり、従来の業界の枠組みを越えた新しい実験を行っているようにも見受けられる。将来的には、出版事業だけでなく、他の媒体も駆使して"おもしろい人物"をプロデュースしていきたい、と近藤は話す。

「興銀時代の仕事や待遇には不満はありませんでした。留学もさせてもらったし」 その米国留学で、近藤氏は各国から集まった多様な人間の多彩な考え方に触れ、価値観を揺さぶられる。どうして自分は銀行員をやっているのか?銀行の仕事がすきなのか?答えられなかったのだ。帰国後、金融不祥事が続発していた頃に、興銀を退職した。

「失敗するかもしれないという不安はあります。でも好きなことをやらないで成功した人の話は聞いたことがない。好きなことを見つけることができた僕は幸せです」

甘いマスクの慶応ボーイ。しかし、学生時代に剣道部で鍛えた芯の強さがある。そんな近藤に"レゾナンス(共鳴)"した若者たちが、不況に喘ぐ出版業界に新風を吹き込んでいる。時代は変わる。いや、変わらざるを得ないのだろう。