掲載誌名:週刊東洋経済
日付:1998年7月4日
タイトル:ニュービジネス創造 興銀辞して出版ベンチャー

(有)レゾナンス出版
興銀辞して出版ベンチャー 革新的仕掛けで共鳴(レゾナンス)を誘う

出版業界に、異業種出身のベンチャーが登場した。1998年3月に設立されたばかりのレゾナンス出版は、なんと元日本興業銀行出身、しかもMBA取得者たちが仕掛人だ。

これまで出版社を起こすのは、出版業界出身者というのが相場だった。例えば五木寛之の『大河の一滴』、石原慎太郎の『弟』など短期間で多くのベストセラーを出版してきた幻冬舎は、93年、角川春樹・角川書店社長(当時)の一連の事件を機に「脱藩」した数人の編集者が創業した。同社代表の見城徹氏は元「月刊カドカワ」の敏腕編集長で、五木寛之氏や村上龍氏など著名作家に懇意で文壇に顔が利く。

ところが、レゾナンス出版代表の近藤正純ロバート氏はまさにゼロからのスタートだ。近藤氏は88年に慶応大学経済学部を卒業後、日本興業銀行に入行。本店業務部などを経たのち、96年には米コーネル大学経営大学院でアントレプレナーシップ(起業学)でMBAを取得した。

順調にキャリアを積んできた近藤氏が、なぜ出版なのか。

「今、価値観の大転換期に差し掛かっている。これまでのいい大学、一流企業に入るといった価値観が崩れて、もっとさまざまな成功の価値観が出てくると思う。私はそんな新しいメッセージを発信していきたい」(近藤氏)。その手段として近藤氏が選んだのは金融ではなく、出版だったというわけだ。

興銀在職中には『確定利付証券と金利オプション』といった金融専門書の翻訳も手がけており、以前から出版社との交渉なども経験済みであった。

「大学の先生などと協力した企画を出版社に売り込んだこともあったが、部数などの理由もあって門前払いが多かった。ならば、自分で出版しよう」(近藤氏)という考えも、創業に拍車をかけたという。しかも近藤氏の祖父は、株相場の世界では知らない人がいないと言われる「一目均衡表」の発案者、一目山人(ペンネーム)だ。祖父の偉業を現代版で出版したいという願いもあった。

会社設立に当たっては、同じ興銀出身の高畑龍一氏も加わった。高畑氏は近藤氏とコーネル大大学院でのMBA留学時に知り合った仲。帰国直後に興銀を退職し、インターネット関連のコンサルティング活動に従事しており、これまた転身組だ。

元講談社勤務の編集者、磯尾克行氏もプロとして2人を支える。講談社時代には『ワイルドスワン』、『フォレストガンプ』などのミリオンセラーを生み出した。近藤氏の弟がマッキンゼーの大前研一氏の下で働いていた縁もあって、大前氏を通 じて知り合った。

3人は猛烈なスタートダッシュをかけている。今年2月に起業を思いついてから、3月に会社を設立、4月には書籍出版にこぎつけた。第1弾は『成功術Xでいこう』だ。著者は野村証券を退職して、米国公認会計士の資格学校をつくった安生浩太郎氏。近藤氏たちと同じく大企業を辞めた安生氏がベンチャー企業を立ち上げるまでの体験などが語られている。また、ビジュアル誌のようにイメージ写 真を盛り込み、文章は見開き完結にするなど、読者が読みやすいように構成されている。

累進報奨制などを導入し、制作者サイドへのインセンティブも高めている。第2弾としては、大学教授と芸能プロダクション社長という異色の取り合わせで試みた教育論の刊行を予定している。「新しいメッセージ」を発信する著者を今後も広く起用していく方針だ。

出版ファンドで資金調達

さらにユニークな仕掛けといえるのが「出版ファンド」だ。出版業界では初の試みといえる。出版資金を募集し、売り上げに応じて利益還元する仕組みだ。商法上の匿名組合形式を採用、すでに2年満期で4000万から5000万円の資金を調達した。出資者のほとんどが出版関係者。実売8割弱で、利回りは14.2%程度になるという。

出版界に突然現れた新星を周囲が放っておくはずがない。6月11日にオープンした約3000平方メートルの大型書店、阪急ブックファースト渋谷店では、ビジネス書売場にある展示コーナーのディスプレーを任された。7月中旬には東京・八重洲ブックセンターで教育論の出版に絡めた講演会も予定している。

果敢に取り組む近藤氏の度胸のよさは持ち前のもの。興銀時代は、融資の新規開拓からデリバティブの営業まで何でもやった。しかもその営業は一風変わったものだったという。

「担当者に会えばコトは済むが、上場企業でも中小企業でも関係なく、直接社長にアポをとって会っていた」(近藤氏)。これからは本だけでなく、クロスメディア展開をするために、将来的には雑誌やセミナー、CATVなどへの進出も考えている、と鼻息が荒い。

近藤氏の尊敬する経営者はイギリスの風雲児リチャード・ブランソン。ブランソンが最初に始めた事業も雑誌『スチューデント』の出版だった。

これまで無風地帯だった出版界に、近藤氏は新風を巻き起こすか。「和製ブランソン」から目が離せない。